「私は私でいられるであろうか」

NHKの大河ドラマ「花燃ゆ」をみている。(低視聴率らしいですね、結構おもしろいとおもいますが。)
前回は、長州藩に投獄されている吉田松陰に江戸幕府から召喚状が届き、江戸で処罰が下されもう萩に戻ってこられないかもしれないという状況が描かれています。
生家で最後の団らんを過ごす松陰がもらした言葉が冒頭のものです。もちろんドラマであることはわかってはいますがグッと来ました。

自分が(こうありたい)自分でいること、は想像以上に難しいことです。
妥協する、容易い方に流される、圧力に屈する、誘惑に負ける、情にほだされる、・・・「今回はまあいいか」となる自分がやっぱりあるのですね。松陰先生とは次元がちがう低レベルのはなしですが。

投稿者:春田 健2015年4月22日